2017年06月29日

好きな人に告白される方法

この世は不条理だ

もっと女性の方から好きであることを告白するという、一般常識が流行してもいいはずである。
なぜ、そんなことがないのか。

ただ、ぼくがモテないからか。
そんなはずは断じてない。 ・・・・思想の自由は皆平等にあるので誰もぼくを責められやしない。

省エネは今や流行は終わっているが、
ぼくは省エネで行こうと思う。

そこで、省エネプランとして意中の女性から好きですと言ってくれる状況をつくり出す方法はないものかと考える。

それではまず、告白してもらいたい女性が好きですと自分に告白するまでの必要条件を時間軸で整理してみよう。

@ぼくに彼女がいないことをそれとなく知ること
Aぼくを好きになること
Bぼくを好きという思いが強くとなること
C自信を得るためにぼくが好意を寄せていることをそれとなく認識すること
Dぼくが他の人にとられるのではないかという不安を感じること
Eぼくが告白してくるかもという雰囲気がないと悟ること
F告白を先延ばしにすることで恋愛関係に発展しないリスクが強まると感じること
Gぼくのことが一番の悩みであり、大いに苦しむこと
H苦しみから解放するには告白しかないと確信すること

自分なりに上手くまとまったと思う。繰り返しになるが思うのは自由だ。
では次に上記の条件をクリアする方法を考えていこう。

ステップ@は簡単だ。コンビニ弁当を毎日食べていることと、土日はやることないから家に引きこもっていることを誰かを利用して伝わるようにすればいい。(タイミングがあれば自分で言うのも可)
ステップAが一番難しい。友好的な好きと、恋愛的な好きがあるためだ。基本、ぼくの情報量を多くもたせることと、負のストレスを与えなければ好意はもつと考える。互いに共通する思い出を長期的に構築するように、地道に積み重ねよう。
ステップBは好きになってくれさえすれば、ステップAを継続すれば連鎖反応的に気持ちは膨らむだろう。実に余裕である。
ステップCは話しているときにそわそわしたり、楽しそうにしたりすれば十分クリア可能だ。
ステップDは仕方なく合コン行っていることがそれとなくリークする、または別の女性と話すところを見られるチャンスを多く作ることでOKだ。
ステップEは草食系男子であることを周囲に自慢する。そして、動かざること山の如しが座右の銘であることを伝える。
ステップFはぼくがロリコンであることを主張すればよい。超簡単
ステップGは@〜Fの条件を満たせば自動的にクリアする。
ステップHは告白以外の選択肢は与えないように、微動だにしないことが重要だ。

パーフェクトな告白される作戦である。これぞ省エネコクられ術である。

そろそろ彼女ができそうな気配を感じてきたが、気のせいではないだろう。



ラベル:好きな人 告白
posted by 猪瀬歩夢 at 23:10| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月27日

世界の創造主

わたしの世界

状況を把握する、ものごとを考える、判断して行動する、なにかを感じる、直感的な思考、
これらは全て自分の脳によって行われる。
ひとは皆、他人の脳を使って直接的に思考することは、まずない。

自分が想像できるできないに関わらず自ら発するすべての事象は
必ず自分の脳というフィルターを通して処理されたものである。

即ち、誰もが平等にオリジナルの世界を所有していることになる。
他者からの影響の大小に関わらず、必ず確実に例外なく、我々人間は、自分の脳で、
世界をとらえ、理解し、その中で生きている。

上に従うと、世界とは自分由来であることは自明の理であり、
自分の脳にある情報量とその組み合わせによって世界を創造しているといえる。

よって、世界とは各個の想いと考えから構築されており、
「世界とはわたしだ」と言っても十分によい。
世界を認識しているのは他でもない私であり、複数の脳を接続する技術のない現在では
他人の脳は直接介入していないのだから。
他人からの影響度は自分の世界観で決まるので、決して矛盾など生じてはいない。

世界は私が創り上げており、その創り上げた世界はわたしでもある。
生きている中でのすべての事象は自分の脳が意識無意識の中で
認識しうるものに限られ、知っていることだけが世界である。

この世はわたしの世界であるのであれば、この世界の神とはわたしのことである。

ではわたしの世界での背景に当たる、その他の物体とは何であるのか。
物理現象に縛られたその他のオプションの、わたしの世界との位置関係はなんなのか。
神であるわたしの世界での人生が思い通りにいかないのはなぜなのか。

この疑問に答えるのなら、知っていることだけの世界だからだ。
すべて知りえないわたしの世界では、知らない事象からもたらされる不確定要素が、
思い通りにいかない要因であると言える。
故に、全知が得られたのならば疑問が生じることない。

全とは過不足なくという意味である。
このことはわたしの世界が全の中の部分であることを意味する。

だが、部分であることに悲観するのは甚だ思慮が浅い。
疑問が生じる、つじつまの合わない等の、不確定要素78%の世界だからこそ、
好奇心という名の快楽が得られる。

言いたいことは沢山あるが
何はともあれ、世界がわたしのものであるという事実は変わりえない。

以下余白










ラベル:世界 創造主
posted by 猪瀬歩夢 at 23:00| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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