2014年03月18日

同棲と結婚

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結婚・・・
想像もできない。この人と結婚して後悔はしないのか。この人と同棲して精神的に耐えきることはできるのだろうか。ぼくはまだ、同棲を経験したことがない。

アルバイトは自分に合わなければ辞めればいい。アルバイト経験がないのなら適当に何でもやってみるのが良い。しかし、このようなスタンスが結婚では許されるだろうか。そんな、簡単な気持ちで決めていいことなのだろうか。または、この人なら一生一緒にいたいと思っているかもしれないが、10年後に同棲が苦痛でしょうがないくらい2人の関係に距離があるかもしれない。ぼくはまだ、同棲を経験したことがない。

一つ提案がある。
結婚をどうこう議論する前に、同棲をしてみてはどうだろう。同棲してみると今まで気にならなかったことが嫌になってくるだろう。そうすると、次第に喧嘩も増えるだろう。喧嘩を繰り返すと、その人の印象が悪くなる。それでも、その人を好きでいることはできるだろうか。そのくらいその人のことを同棲する前から好きだと胸を張って言えるのだろうか。ぼくはまだ、同棲をしたことがない。

同棲を経験するとその人の見えなかったところが見えてくる。この時に見えたものが結婚するか否かを決める重要な情報ではないのだろうか。嫌なところを含めてこの人を好きという気持ちが理想的なんだけど、自分はそんな器の大きい人間であるのだろうか。やはり、同棲して見ないことには何にもわかんないや。

同棲は社会的には結婚と同義であるらしい。その人の親は、結婚しないのに同棲なんてするものではないという。果たして、同棲経験を経ずに、結婚に踏み切ることは賢い選択なのだろうか。親の気持ちも分かる。大切な娘なのだから、どこの馬の骨かもわからないぼくと結婚なしに同棲することに反発することは親として普通の心理的反発だろう。でも、冷静に考えてみると、いきなり結婚したはいいが、その人と価値観が合わず離婚してしまった言う結果になってしまったならば、この選択は賢かったと言えるだろうか。

確かに、ぼくが勇気のない、臆病で、玉無しでチキンなのかもしれない(チキンに申し訳ないが)。ときには後先考えず決断することも重要だろう。しかし、結婚に七転び八起きという考え方を適用するのはどうなのだろうか。結婚して合わなければ離婚してまた、結婚する人を見つけるという精神。七転び八起きの精神で、結婚を決めるのは良いと思うが、軽率すぎやしないだろうか。

同棲なしに結婚したがために娘にバツイチというレッテルが付くことは、どうなのだろうか。だが結婚せずに同棲し別れたとしても社会的にはバツイチと同等であるという。この点に関しては理解ができない。同棲と結婚は全くの別次元に感じる。結婚はその人と“生涯”共にするという責任を負い、決して七転び八起き精神であってはいけないように思える。一方、同棲は七転び八起き精神を適用できるように思える。同棲で8回目に起き上がったときいい人であれば結婚する。

同棲の七転び八起きを経て結婚を決めた方が、いいのではないだろうか。
でも女性には出産の適応年齢があるので、この考え方に反対するのも無理はない。
でも、ぼくはまだ、同棲を経験したことがない。



posted by 猪瀬歩夢 at 17:39| 愛媛 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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