2014年06月08日

過去へのタイムマシーンは必要か。

テーブルに置かれた砂時計

ひとは今瞬間瞬間を経験し、その出来事を記憶として留めている。そう、それが思い出だ。良い思い出、悪い思い出、なんともない思い出の形成である。


ひとは、過去に戻ってやり直し、過去の経験そのものを変えたいと後悔の念を抱くときがある。タイムマシーンがあればと、ありもしない理想に夢を描く。それは現実逃避にすぎない。過去に起こった出来事を決して変えることはできないのだから。


しかし、このような現実逃避するひとは結局のところ、仮にタイムマシーンがあったとしても後悔を余すことなくやってのけるだろう。なぜならば、自分の現状を過去のせいにしているのだから。そんな後ろ向きな人間はタイムマシーンがあろうがなかろうが結果は同じである。


タイムマシーンなんか必要ない。なぜならば、今の自分には過去の出来事全てに意味付けをすることができるからである。我々は思考を選択することを誰もが平等に与えられている。ひとは過去の出来事のとらえ方次第で、今の自分が変化することにほとんどのひとが気づいてはいない。ひととは非常にシンプルであるのにも関わらず、複雑化してるのは人間である。過去の出来事は不変であるが、とらえ方は縦横無尽に変えることが可能であることに早く気づくべきだ。


それに気づくことができれば、過去へのタイムマシーンは不必要であると悟るだろう。何の意味もない。過去のとらえ方次第で自分の運命を変えることができる。同じ経験をした複数の人間が同じ結果を経ない理由は、とらえ方に起因する。すなわち、運命を変えるのは今の自分がどうとらえるかであって、過去の出来事はなんら関係ない。過去を理由に不幸と思っているのであれば、言い訳をしているに過ぎない。似たような経験をした人でも、不幸になる人間もいれば幸福になる人だっているのだから。


いわゆる、人間社会のこの事実は因果律の破綻を示唆しているものである。

posted by 猪瀬歩夢 at 22:50| 愛媛 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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